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㈱ナムコ ㈱モノリスソフト公式リリース
『ゼノサーガ』のテーマについて 全文掲載

「人はすべからく、力への意志によって突き動かされている」
本作はニーチェのこの言葉を基底に、様々な出来事、登場人物の行動理由が設定されています。世界を支配するのも、その支配から逃れるのも、他人を虐げるのも、他人を癒すのも、すべて「力への意志」である、とニーチェは定義づけています。
全ての登場人物の、行動理由の根幹にあるもの「力への意志」。
本作はそれをテーマとしています。 また、この力への意志の解釈の一つに、恐怖の超克というものを考えています。人はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から、様々な恐怖に支配されます。未来への恐怖、自己への恐怖、他者への恐怖、未知の存在への恐怖、生きることの恐怖、死の恐怖・・・。
人が生きていく限り、それら恐怖から逃げることは出来ません。
従って、人は様々な手段でこれを回避しようと模索し、悩み苦しむことになるのです。
その結果、人は不安定な存在となり、他人を否定し、自己を正当化し、超越者への 依存に頼り、争う反面、お互いに寄り添い、心を触れ合わせ、その結びつきを強固なものにもします。
今作の登場人物達は、皆それぞれ何らかの恐怖を心の内に持っています。
ある者はそれから逃避し足掻き、またある者はそれを克服しようと真正面から挑みます。 人の意識を束縛しつつも、人を人らしくしている要因である恐怖。
これを超克し、新たな意識体として人が、そして宇宙が進化していく術は果たしてあるのか?といった自己、そして世界に対する疑問を、作品全体を通して解明していきます。



我々は物質世界の住人です。
人も物も星も、その全てが物質で出来ています。
物質──外界があるからこそ"我々は存在出来る"のです。
ですが、果たして本当にそうなのでしょうか? 我々が"外界"と認識しているものは、単に知覚情報がそう脳内で情報処理されてい
るに過ぎません。
例えば目の前に赤く熟したトマトがあったとします。
赤く熟した──といっても、実際に"赤"という色が"物質"として存在する訳ではありません。 トマトから発生する(輻射する)可視波長の電磁波が、視神経から視覚野に入り、
そこで情報処理された結果、"赤い色"と"知覚"されたに過ぎないのです。
よって、この"赤"という色はそれを"知覚する人"によって微妙にその認識が異なっています。 また、"トマト"についても同様です。
トマトという物質が存在するのではなく、人の知覚──視覚、触覚、味覚など──を通して初めて"これはトマトである"と定義づけられ、認識されるのです。
それでは、ある人の知覚が"全て"働かなかったとしたらどうなるのでしょう。
"その人にとっての"トマト──つまり"世界"は"存在する"のでしょうか?
答えは「否」です。
その人にとって"知覚"が機能しなければ"何も存在しない"ことと同じなのです。
そのような意味から、世界は"我々の内"にあるものと捉えることもできます。言い換えれば、外界を知覚する我々の数だけ世界が存在するのです。
そしてまた、人を人たらしめる"心"──つまり"意識"の存在も同様のものなのです。
『色即是空』。
禅を象徴するこの概念が、物理学、量子力学の発展と共に現実のものとなって来ています。 果たしてその答えはどこにあるのか?
世界を構成するシステムはどのようにして成り立っているのか?
本作では、知覚者──つまりユーザーを、世界システムの探求の旅に誘います。
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