当日配布の整理券を手に入れた『スペースインベーダー』ファンが集まる中、今回のイベントは開始された。
まず、タイトーのイベントではおなじみの司会・CS開発部プロモーションチームの豊田さんに促され、この日のゲストが登場。現れたのはお笑いコンビ・千原兄弟の千原せいじさん。自分で「俺は『ゲームセンター嵐』だった!」と語る千原さんは、年齢的なこともあって大の初代『スペースインベーダー』好き。
「当時は(世間から)ブーム過ぎて100円玉がなくなった」、「テニスのガットをコイン投入口に突っ込んで(クレジットを増やして)、朝から夜までゲームをやってたら捕まった」、「当時は白黒の筐体が少なかったので、ガラスにセロファンを貼って色を付けていた」など、初代稼動時のプレイヤーは思わず懐かしさを感じる、現代のゲーマーには驚くしかないエピソードを次々と披露。そして『スペースインベーダー』を「ゲームのパイオニア、野茂英雄やねんで!」と独特の言い回しで評価していた。
続いてその初代『スペースインベーダー』の開発者で、現在、株式会社ドリームスの代表を勤める西角友宏氏が登場。
3人によるトークでは『スペースインベーダー』に関する数々の裏話が明かされた。まず『スペースインベーダー』は、「その前に発売されたブロック崩しより面白いものを作ろう」というのが制作のきっかけ。開発は西角氏がひとりでほとんど行ない、1年の歳月を経て完成した。それまで移動のみだったシューティングにボタンという要素を加えたため、業者からは「難しい」という評価を受け、営業部にも評判は悪かったそうだ。しかし稼働後はご存知のとおり、日本中を巻き込んだ爆発的にヒット。その規模は国内だけで30万台、全世界合わせると100万台という前人未到のものだった。ちなみに西角氏はこれだけのヒットを飛ばしたにもかかわらず、あまりボーナスが増えなかったらしい。
このほか、「インベーダーは、映画『宇宙戦争』の異星人がタコだったので、同じ海の仲間であるカニをモチーフにした」、「好きだったピンク・レディーの曲『モンスター』から拝借して、元々は『スペースモンスター』というタイトルだったが(西角氏はこちらのほうがよかったと今でも思っているらしい)、上の判断で変えられた」など、貴重な話が明かされた。 |