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いまからおよそ12年前の1994年。初代のプレイステーションは発売された。
当時はソニー・コンピュータエンタテインメントのプレイステーションをはじめ、松下電器産業の3DO、セガ・エンタープライゼス(当時)のセガ・サターンがほぼ同時期に発売されるとあって、ゲームマスコミはもちろんのこと、一般のマスコミからも「次世代ゲーム機戦争」と称され、大いなる話題を呼んでいた。
当時から販売現場を取材していた僕は、これらのゲーム機の中で、プレイステーションの発売日がもっとも印象に残っている。小売店前に出来上がった行列の長さはダントツ。そして何より、人々の笑顔が印象的だった。「3Dグラフィックスになった新しいゲームを楽しめる」という興奮と喜びからか、店頭でプレイステーション本体やソフトを受け取ると、一目散に最寄り駅へ駆け足で向かっていく若者の姿も目立った。「一刻も早く新しいゲームの世界を体験したい」。彼らの背中は、そう語っていた。
また、購買者の中にカップルでプレイステーションを買い求めに来た若者が少なからずいた。 当時のゲームは今ほど市民権を得てはおらず、一般的には「一部のマニアが遊ぶもの」と認識されていた。それがカップルで買いに来るというのだから、僕は「ゲームの世界は変わる。もっと楽しく、そして華やかになる」という期待に胸を躍らせたものだった。
しかし、多くの報道ですでに知られている話ではあるが、先日の11月11日(土)のプレイステーション3の発売は、「騒動」と呼ぶに値するものとなってしまった。
初回の販売台数が風説によると8万台強と伝えられる中で、そのわずかな商品を求める人々には、さまざま思惑があったようだ。
徹夜をして純粋にプレイステーション3を求める人々の中にまぎれて、転売目的とおぼしき購入集団や、ホームレスや女子高生を使って代理に並ばせる輩の姿がそこにはあった。これは決してわずかなケースではない。現場ではそこかしこに見られた光景だ。
ためしに「ヤフー!オークション」にアクセスし、「プレイステーション3」で検索してみてほしい。11月14日(火)現在「プレイステーション3」の転売出品が3,800件を超えている。これでも少なくなったほうで、発売日の11月11日(土)の夜には、出品は5,000件に迫るほどだった。
20GBモデルで約6万円以上、人気の60GBモデルは約10万円の入札が行われている。
これは日本に限った話ではない。アメリカのメジャーなオークションサイト「eBAY」で「PS3」と検索をかけると2,000件をも超える出品が発見される。
新しいゲーム機の発売直後には、常態化した光景だ、という言い方もあるだろう。けれど、僕には非常に悲しい光景に見える。こうしたオークションの光景がさらなる飢餓感をあおり、ますます入札件数を増やしたり、価格の高騰につながっていることは想像に難くない。
この騒動を治める方法はただひとつ。メーカーは今後の出荷予定日と台数をできる限り具体的にアナウンスすることだ、と思う。そうすれば、この馬鹿げた騒動や転売は鎮静化していくはずだ。一ゲームファンとして、そうなることを心から願う。
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