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ゲームがコミックのようになってしまうのではないかと危惧
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2010.08.20 |
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ディズニー作品の世界観をベースに、ミッキー・マウスが大活躍するWii向けのアクションアドベンチャー『Epic Mickey』。本作を開発中のクリエイター・Warren Spector氏は、ゲームの将来を危ぶんでいる。
同氏が不安を口にしたのは、ドイツのケルン市で現在開催されているゲームショウ“Gamescom”でのこと。「剣をかまえた図体のデカい男や、タイツの男や、装甲服をつけた宇宙兵士の類から卒業しないと、ゲームはアメリカにおけるコミックのような地位に追いやられてしまう」と本人は語った。
「ゲームのグラフィックは年々大幅に向上しているが、映画で目にするクオリティに比べればまだまだ。ある意味、私たちはいまだにカートゥーンを作り続けている」――しかし、ゲームの本領は映画とは違うところにあり、映画を真似るべきではない。本来、ゲームの表現方法は“口伝えの物語”のようなもので、語り手と聞き手のやり取りに近いという。
そのため同氏は「プレイヤーの体験を第一に優先すべき。プレイヤーが創造性を発揮するのを許すべき。それは他のメディアではできないことだ。私たちは人類史においてユニークな位置にある。プレイヤーは誰でもゲームを遊ぶとき“作家”になる」と結んでいる。
なお、ゲームをコミックになぞらえて、その将来を案じているのは、実はSpector氏だけではない。先月、米サンディエゴ市で開催されたオタクの祭典“Comic-Con”でも、まったく異なる観点から指摘がなされていた。
ニュースサイト“Joystick Division”のGus Mastrapa氏は、コラムの中で次のように言っている――「Comic-Conは、いまやTVドラマや映画、アニメ、ビデオゲームの祭典となり、本来の主役だったコミックは脇に押しやられてしまった。同じようなことがゲームにも起きるかもしれない」と。
その理由は、クリエイター個人のもっていた主導権が企業へと移ったため。コミック作家のアラン・ムーアは「ウォッチメン」の権利を失い、リチャード・ギャリオットは『ウルティマ』シリーズの権利を失った。今後も、「ゲームを映画化するうまい方法をハリウッドが見つけたら、きっと骨の髄までしゃぶり尽くされる。才能あるクリエイターが正当な仕事の対価を得られなくなることがないよう、クリエイターもファンも気をつけよう」と警告している。
“表現手法”と“ビジネス”と観点は大きく異なるが、「ゲームはコミックのようになってしまうのでは」という意見が、1カ月程度をおいて別々の地から発せられたのは気になるところ。日本と違い、コミックがエンターテインメントの序列で低く見られていることにも、あらためて気を留めておきたい。
(中島理彦)
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