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任天堂の看板キャラ・マリオにまつわる都市伝説に決着!? |
2010.04.27 |
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1981年『ドンキーコング』のデビュー以来、今日までゲーマーに愛され続けている任天堂の看板キャラ・マリオ。このキャラクタには、かねてから、モデルとなった人物がいたのではないかと言われている。
その人物とは、当時、米ワシントン州で不動産開発を行っていたMario A. Segale氏(配管工ではない)。同氏とマリオの関係についてはいろいろなバージョンのエピソードが伝えられ、半ば都市伝説と化している。そこで、技術系ニュースサイト“Technologizer”が真相に迫った。
同サイトはまず、Segale氏が確かに実在しており、80年代初頭、ニンテンドー・オブ・アメリカ(NOA)オフィスビルのオーナーであったことを確認。さらに、本人の友人知人への接触をはかり、若い頃の写真を入手することにも成功した(上記リンク先の記事を参照)。
一般に伝えられているエピソードによれば、当時、『ドンキーコング』の現地発売に社運をかけていたNOAのもとに、Segale氏が「賃貸料の納入が滞っている」と怒鳴り込んできたとか。それはちょうど、主人公キャラの名前を考える会議の最中だったこともあって、同氏の名前をとって「マリオ」が定着したのだという。
この話は、アメリカのジャーナリストが1993年に執筆した本に端を発しており、さらに、同書をもとに同じエピソードを記述したと思われる別の本は、NOAの法律顧問や、当時NOA代表取締役社長だった荒川實氏のチェックも通っているので、信憑性は高そう。
それでも、任天堂本社はというと、宮本茂氏が次のように語っている以外は、マリオの由来についてほとんど公式なコメントを出していない。
「僕は「ミスター・ビデオ」と呼んでいました。自分のつくるビデオゲームに全部こいつを使おうと思ってましたので」「でもいまから考えると、そんな名前にしなくてよかったですね。「マリオ」という名前はNOA(Nintendo of America)の人がつけてくれたんですけど、「ミスター・ビデオ」じゃとっくに消えています(笑)」
(任天堂公式サイト「社長が訊く」コーナーより)
(なお、宮本氏は2005年にMTVとのインタビューで、「マリオは、ニューヨーク市でゲームソフトを保管した倉庫ビルの地主によく似ていたようで、現地の任天堂ファンの間で本人の名前が根づいてマリオとなった」と語っているが、これは今までの話とは矛盾している)
さらに、Segale氏本人は、“マリオのモデル”として有名になるのは望んでいないらしく、記者がコンタクトを求めても応じなかったとのこと。
これらの話を総合して、記者は、「任天堂が沈黙を守っているのは、本人との間に法的な問題が発生するのを防ぐためではないか」と推測。ワシントン州でNOAビルのオーナーだったSegale氏が、マリオの名前の元になった可能性は高いが、これ以上のことは、任天堂や本人が明らかにしない限り、確実なことは何もいえないようだ。
(中島理彦)
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