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欧米ゲーム事情  

善人/悪人を選べるタイトル増えても「ゲームで道徳的な選択はムリ」?

2009.08.04
該当記事(英語)※Destructoidより
 みなさんはゲームをプレイしているときに、自分の道徳観を強く問われるような体験をしたことがあるだろうか?

 最近のゲーム(とくに自由度の高い欧米産のRPGなど)の中には、善人/悪人の行動を自由に選べるといった、“道徳的選択”をフィーチャーにしているものが多い。しかし、「ゲームでは本来、道徳的選択などありえない」という声が、開発者の中から出ている。

 この意見を口にしたのは、『Half-Life 2』『Left 4 Dead』で有名なValve社で、ライターとして活躍しているChet Faliszek氏。彼は、ゲームニュースブログ“Destructoid”とのやり取りの中で、「ゲーム中で行う選択は、本当の意味での道徳的選択では決してない。なぜなら、プレイヤーは自分の選んだ行動を引きずることはないから」と断定している。

 「確かに、プレイヤーによりよい行動を取ってもらい、協調的にプレイしてもらい、ゲームに双方向性をもたせるように工夫することはできるが、それらは“道徳的”な選択とは思わない。ゲームでは、プレイヤーが道徳的な“選択”をするのは不可能だ。ただ、悪人になって悪事をはたらくことが可能になっているだけ。『Grand Theft Auto』シリーズでは、クルマで通行人を轢きながら走り回ることができるが、僕は現実にはそんなことはしない」

 「だから、ゲームにおいては、道徳的選択と言われても奇妙に思えてしまう。ゲーム世界の中で完結している、戦略的な選択はあっても、それは僕が考えるような、本当の意味での道徳的選択ではない。道徳的選択とは、ゲームの外でも意味を担うものだ」とFaliszek氏。

 確かに、一般にゲームはやり直すことができるし、殺人などの大きな悪事を犯しても、あとで善行をはたらけば簡単に巻き返しがはかれるゲームもあったりするので、Faliszek氏のいうように、厳密な意味で道徳的選択は存在しえないのかもしれない。

 だが今後、技術や表現手法が発達して、プレイヤーがキャラクタにもっと感情移入できるようになったらどうか。自分の行動が招いた結果を見て、罪悪感に苦しむようなことは、今後も決してありえないのだろうか。

(中島理彦)

 
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