[CEDEC2016]『ドラクエ』の生みの親、堀井雄二氏が語る「ドラゴンクエスト30年の歴史」

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2016年08月28日

 30周年の記念イヤーとなる『ドラゴンクエスト』。
 開発者であるゲームデザイナーの堀井雄二氏を迎えて、これまでの全シリーズの開発秘話が盛りだくさんの講演がメインホールで行われた。

 ホスト役として、エニックスで『ドラゴンクエスト』グッズなどの生産管理業務を経て、プロデューサー職に移り、数多くのシリーズ作品に携わってきたスクウェア・エニックスの執行役員エグゼクティブ・プロデューサーの斎藤陽介氏が登壇。
 堀井さんに当時の話を伺いという形で講演がスタートした。

[CEDEC2016]『ドラクエ』の生みの親、堀井雄二氏が語る「ドラゴンクエスト30年の歴史」
▲堀井雄二氏。ゲームデザイナー。主な作品は『ドラゴンクエスト』シリーズ、『ポートピア連続殺人事件』『いただきストリート』シリーズなど
[CEDEC2016]『ドラクエ』の生みの親、堀井雄二氏が語る「ドラゴンクエスト30年の歴史」
▲斎藤陽介氏。スクウェア・エニックス執行役員エグゼクティブ・プロデューサー。主な作品は『アストロノーカ』、『ニーア』シリーズ、『ドラゴンクエストX』『ドラゴンクエストXI』など

堀井雄二氏がゲームデザイナーを目指すことになったのは

 まずは幼少の頃の話まで遡って、堀井氏の人となりを再確認した。
 堀井氏は小さいころあからゲームが好きで、小学生の頃にはベニア板を使い、自作のスマートボールを工作で作ったと言う。実家がサッシ屋だったので、サッシの廃材などを使い、入賞するとちゃんと玉が出てくる仕組みも再現した。

 学生時代になると麻雀にハマったのだが、ただ麻雀をするだけでなく、麻雀牌を利用して、すごろくを作ったり、神経衰弱、七並べをするなど、本来の遊び方以外の遊び方をしていた。

 幼少よりマンガ家になることを夢に抱いていたこともあり、高校3年生の夏休みに上京し、永井豪先生の事務所に訪れ、原稿を持ち込んだと言う。当時は、個人情報については、今ほど厳しくなく、雑誌にマンガ家の自宅や事務所の住所が載っていたので、何のアポもなく持ち込めたそうだ。

 持ち込んだ作品に自信があった堀井氏は、永井豪先生に絶賛されると思っていたが、実際は反応が悪く、このままアシスタントになっても苦労すると思い、大学で勉強してから再度マンガ家に挑戦することを選んだ。

 とは言っても大学ではあまり勉強せず、漫画研究会に入り、そのツテでライターのバイトをし始める。文章に挿絵としてイラストは描いていたものの、マンガよりも文章の方が楽だと思い、そのままライター業に籍を置くことになった。

 女性誌などさまざまな雑誌に寄稿するかたわら、27歳の時に新聞に掲載していたマイコンの記事と遭遇する。記事にはこれかのマイコンの時代と書いてあったことに興味を持ち、PC-6001を購入する。
 プログラムはBASICの基本的なprint、ifgoto、returnなどのコードを4つくらい覚え、それを使った。

 最初に作ったプログラムは占い。
 占いと言ってもプレイさせるのは友だちだったので、その日に遊びに来る友だちの情報をあらかじめ入力した。当然、当たるのだが、それは占いとしてではなく、情報として当たっているだけなので、どちらかというとイタズラとして友だちや自分が楽しんでいた。

始めて作ったアドベンチャーゲーム『ポートピア連続殺人事件』

 その当時販売されていた『スタートレック』や『信長の野望』などのソフトを購入し、楽しんでいたのだが、とある操作をすると、BASICのコードがずらっと表示されるので、それを書き換え、改造して楽しんだという。
その後、『ラブマッチテニス』を作ったが、BASICではどうしても動き遅くなってしまうので、その部分はマシン語を使って作成した。
 その『ラブマッチテニス』は、エニックスが開催したコンテストに送り、見事入賞を果たし、プログラマーとしての人生が始まった。

 このコンテストを知ったきっかけは、当時、少年ジャンプでパソコンの記事を書いていたところ、取材を依頼されたことだった。取材をするついでに、自分の作品も応募した。
 コンテストでは13人の作品が入賞し、優秀賞にはスパイク・チュンソフトの中村光一氏が『ドアドア』で受賞している。

 入賞した13作品はそのまま商品化し、当時としてはかなりの本数が売れたという。
 エニックスから次の作品の依頼もきた。PC雑誌ログインの記事を見て、アドベンチャーゲームに興味を惹かれ、『ポートピア連続殺人事件』を作成した。

 『ポートピア連続殺人事件』は『ラブマッチテニス』とは違い、ほとんどがBASICで行い、描写の一部をマシン語を使った。完成後、パソコンショップでデモプレイしている様子をみて、予想外の言葉を入力する様子をみて、日本語の入力の難しさを再確認した。

 この経験がのちにファミコン版でのコマンド式となった。
 『ポートピア連続殺人事件』は最初と最後だけ考えて作り始めた。もっとも意外性のある犯人をと考えた結果、彼しかいなかったと言う。

いよいよ本題の『ドラゴンクエスト』シリーズ30年について

 パソコンでゲームを作っていた中、ファミコンが発売され、ファミコンでのゲーム制作にシフトしていくようになった。
 ファミコンでRPGを出したらスゴイことになると思って、エニックスに提案するも、まずはアドベンチャーでということになり、『ポートピア連続殺人事件』のファミコン版の誕生である。
 先述した通り、フリーテキストの入力から、コマンド式にすることで、ゲームが進めやすくなった。

 次にいよいよ『ドラゴンクエスト』となった。
 名前の由来は、当時としてわかりやすいドラゴンと言う言葉と、馴染みのないクエストと言う言葉を組み合わせたと言う。馴染みのない言葉同士だとわからないし、知っている言葉同士だとつまらないと言うことからだそうだ。

 最初の『ドラゴンクエスト』は、全部で60KBという容量制限のあるなか作成した。
 『ドラゴンクエストII』になって、容量は倍。パーティプレイを導入した。
 そもそもパーティプレイは『ウィザードリィ』などでは当たり前のシステムだったが、それらは最初からシステムとしてパーティを組むので、そこにストーリー性の介入のスペースがなかった。
 なので、『ドラゴンクエスト』をプレイした人がわかりやすくする意味も込めて、ストーリー性を持たせて徐々に人が増えていくようにしたのだという。

 プレイヤーとしてはさんざんサマルトリアの王子を探すのに振り回された挙句、ようやく会えたらサマルトリアの王子に「探しましたよ」と逆に言われてしまう。
 この場面は堀井氏的にも仕掛けた部分だと言う。

 『III』は、『II』が『I』から100年後とかそういう世界だから、順当にさらに100年後とかの話だとつまらないので過去の話にした。

 『IV』は、『III』のストーリーが長くなりすぎたので、それぞれのキャラクターにスポットあて、それぞれに人生があると言う思いが詰まっている。
 キャラクターに固有名を使い、個性をもたせたのも『IV』からだ。

 『V』は親子3代をかけ魔王を倒すのが目標となった。

 『VI』は2つの大陸を行き来できるようにしたらと言う発想から。
 移動手段として登場した魔法のじゅうたんはどこでも使えるだけに、簡単にどこにでも行けないようにマップ上の地形で制限するようにした。

 『VII』はPlayStationにプラットフォームが移り、これまでとは比べ物にならない容量が使えるようになった。

『VIII』は『ドラゴンクエスト』を3Dで表現するようになった。

『IX』は始めての携帯ゲーム機のニンテンドー3DSでリリース。その当時、ネットワークは敷居が高かったが、ニンテンドー3DSのすれ違い通信は簡単に行えたのが良かった。
メタルキングばかり登場する地図、まさゆきの地図が大きな話題にもなった。まさゆきの地図は仕込みではなく、ランダムでできたマップだった。
もちろん確率的にメタルキングばかりでるマップができることも予想はしていたが、実際に、まさゆきの地図のようにあっという間に日本全国に広まるとは思ってもいなかった。

『X』は『IX』を受けてのオンラインゲーム化。
駆け足で振り返ったが、堀井氏にとって、それぞれのタイトルに思い入れが込められていた。
今回の講演では、事前に堀井氏に質問する内容を募集しており、応募された質問にひとつずつ回答している。

Q:初代『ドラゴンクエスト』で、戦闘時にあった「コマンド?」というメッセージが出たが、『II』以降では「コマンド?」がなくなったことについて

A 堀井氏:
 忘れてました(笑)。『I』でコマンド入力の操作が慣れて、「コマンド?」の表示がなくても、自然とコマンドを選べるようになったからだと思います。

Q:バランス調整について

A 堀井氏:
 『IV』・『V』・『VI』では、データやパラメーターを作って、テストプレイをしてもらい、細部を修正すると言うのを繰り返していました。繰り返すほど良くなっていく感覚はありました。バランスについては、自分の感覚を重視しています。

Q:モンスターを仲間にできるシステムについて

A 堀井氏:
 モンスターが仲間になるシステムは、『IV』のやはりホイミンがきっかけでした。ホイミンは戦士であるライアンと共にするのですが、回復役として重要な存在で、一緒にいて楽しい存在だったので。

Q:『ドラゴンクエスト』でゲーム開始時に竜王の城が見えることとマップ作成について

A:堀井氏は「始まってすぐに目的がわかるように竜王の城を見せています。ただ、そこまでの行き方はわからない。マップの作り方は、まず大枠となる形を作り、マップ全体を見た時に、キレイに見えるように森や砂漠などを配置しています。

Q:地名や各都市の名前の由来について

A 堀井氏:
 質問にあるようにアレフガルドは始まりの国です。他は世界地図にある実際の地名がヒントになっています。サマルトリアは、差マルカント(出会いの街)など。マップの形も実際の世界地図の地形を参考にしています。この湾の形がカッコいいので使ってみる。

Q:会心の一撃と言う命名について

A 堀井氏:
 クリティカルヒットを会心の一撃としたのは、作成している時に降りてきた感じです。会心は気持ちの良さが出ていましたし、敵からの攻撃は会心にはならないので、痛恨の一撃としました。もともとマンガ家志望であったこともあり、短い言葉でインパクトのあるものを選ぶようにしています。

Q:斎藤氏から堀井氏への質問。ゲームデザイナーとして大切なものは何か。

A 堀井氏:
 発想力と忍耐力です。あとはできあがったものがつまらないか面白いかを判断し、もしつまらないのであれば、それをすっぱりと切る勇気も必要です。

PlayStation4とニンテンドー3DSで発売を予定している最新作『ドラゴンクエストXI』について

 ゲームの進捗について、堀井氏によるとシナリオは、最後まだ上がっているとのこと。
 今はニンテンドー3DS版を中心に、チェックをし、ディテールの修正をしているところだ。

 そして、講演最後に、これからゲームクリエイターを目指す若者に向けてメッセージが。

「こんなに『ドラゴンクエスト』を作るとは思わなかった。作っている時は一生懸命で、多くの人に支えられてきました。昔は制約があるなかどうやって表現するかを模索していましたが、今はできることが多くなっており、昔に比べて大変になったと思います。今の人は忙しいので、ゲームはつかみが重要になっています。ひと言で言える内容で、面白いと思わせる必要があります。その為にはいろいろな遊びを経験し、いつもアンテナを立てておく必要があります」と堀井氏は語ってくれた。

 今でも堀井氏は、サバイバルゲームや『人狼』、VRなど、新しいモノや流行っているモノに興味を示し体験していると言う。

 

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