『Downwell』 もっぴん“母親が買ってくれた2本のゲームが人生を変えた”|シシララ安藤武博のインディーズを見ずに死ねるか!#2

2015年10月02日

 『拡散性ミリオンアーサー』など、数々のヒットタイトルをプロデュースしてきた安藤武博氏。その安藤氏が古巣の株式会社スクウェア・エニックスから独立し、10月に株式会社シシララを立ち上げた。本連載はそんな安藤氏が気になるクリエイターを直撃するというもの。第一回目は『Downwell』で世界的に注目を集めているインディゲームクリエイターのもっぴん氏だ。

 対談の2回目では日本と海外のゲーム文化の違いから、もっぴん氏のクリエイター人生を決定づけたといっても過言ではない、ニュージーランドでの生活について掘り下げていく。

『Downwell』 もっぴん“母親が買ってくれた2本のゲームが人生を変えた”|シシララ安藤武博のインディーズを見ずに死ねるか!#2
▲もっぴん氏が開発している『Downwell』

過去30年間にわたって日本人が培ってきた独創性とは

★安藤氏:
『Braid』も時間をコントロールする概念はあるけど、それ以外は『スーパーマリオブラザーズ』に端を発する横スクロールのアクションゲームがベースかなと思っています。
それって日本人が生み出して洗練させてきた横スクロールのアクションゲームの文法なんですよね。
昔は日本人もこの形のゲームにハマって遊んでいたわけです。

★もっぴん氏:
そうですね。

★安藤氏:
もともと日本でヒットする要素があったのに、なんでアメリカでは根付いていて、こちらでは根付かなかったのかなあと。
ホントに、なんでだと思います?
メディアの問題なのかな。
それとも日本人にとってゲームって、一瞬、流行ったけど、あとはマニアックなものになっちゃったのかな? 

★もっぴん氏:
日本で人気で海外でニッチなものにアニメ系イラストがありますよね。
魅力的なキャラクターの規準が違うんですよ。
日本では金髪でホストみたいなキャラクターが格好よくて、それが魔法でエフェクトでヒャーッみたいな表現が受ける。
それに対して海外では『Gears of War』みたいなマッチョなおっさんがかっこいい。
日本だと『Braid』『スーパーミートボーイ』って、主人公がみんなおっさんだから、仮にパッケージ版が店頭で販売されていても、魅力を感じてもらいにくいと思います。

★安藤氏:
キャラクターデザインが日本人の好みにあわせて美化されていった結果なのかな?
というのも『マリオ』はイタリア系アメリカ人の配管工じゃないですか。それでもゲームがおもしろければキャラクターとして認知されて愛される土壌が昔はあった。海外でもまだある。
でも、今の日本で「おっさんが主人公のゲームは遊ばれなくなった」理由はなぜでしょうね?
ゲームだけじゃなくて、アニメやマンガの影響も大きい?

★もっぴん氏:
そこが大きいと思います。
海外のカートゥーンと日本のマンガ、アニメは確実に違いますよね。動き方であれ、書き方であれ、すごく特徴的です。

★安藤氏:
逆に東アジアだと、そうした表現がすごく受けて、クールだと思われる。
ひらがなの形すらかっこいいらしいですね。
台湾人にとって「の」がクールなんですよね。台湾人で「の」は「OF」という意味で、そのまま使われているんです。
たとえばコンビニに行くと「漢字+の+漢字」という張り紙がされていて、それがかっこいいと思われている。

★もっぴん氏
マジっすか!?

★安藤氏:
日本人が過去30年間くらい洗練させてきたアニメ的表現が浸透していて、おもしろいですよね。
しかも彼らの開発力はPCオンラインゲームで鍛えられているので、スマホアプリでも技術的に尖ったものをいきなり作っちゃうんです。
ものすごく大量にアクセスしても落ちにくいオンラインゲームを、すごい低パケットでやりとりしたり、低スペックの端末で動かしちゃったり。
その一方で、アニメや漫画や中二病やオタク文化がすごく好きなのに、日本テイストなビジュアルが描けなくて、どうでも「なんちゃって」感が出るんだそうです。
西洋人が描けないのはわかるけど、東アジアのクリエイターでもまだ完全には無理だと言っていました。

★もっぴん氏:
おもしろいですね。

★安藤氏:
彼らにはどうしても「好きなんだけど作れない」領域というのがあって。それがもしかしたら日本のモノ作りの数少ないオリジンというか、強烈な個性の一つになったのかなと。
今まで話をしてきて、日本だけ独立国家みたいになった理由がちょっとわかってきました。

『Downwell』 もっぴん“母親が買ってくれた2本のゲームが人生を変えた”|シシララ安藤武博のインディーズを見ずに死ねるか!#2
▲安藤氏

母親が買ってくれた2本のゲームが人生を変えた

★安藤氏:
ところで、話は急に変わりますが、なんでゲームを作ろうと思ったんですか? たしか芸術系の学生だったんですよね。

★もっぴん氏:
東京芸術大学で音楽を勉強していました。

★安藤氏:
日本における音楽のど真ん中で、いわば芸術の最高学府じゃないですか。

★もっぴん氏:
いや、たいしたことないです。

★安藤:
ゲームは、ほぼすべてのエンタテインメントを飲み込んでしまうから、音楽も当然入っているんですが、あまりに違いますよね。
音楽からゲームに興味が変わったきっかけは何でしたか?

★もっぴん氏:
そういう意味では、ずっとゲームが好きだったんですよ。小さいころからゲームを遊んでいて、12歳くらいからは、毎日かかさずゲーム情報サイトなどをチェックしています。

★安藤氏:
その頃に好きだったゲームは何でしたか?

★もっぴん氏:
誕生日に母がゲーム屋に連れていってくれたんです。
なんでもいいから2本買ってあげると言われて、その時に選んだのが『ハーフライフ2』『アンリアルトーナメント2004』でした。

★安藤氏:
それってニュージーランドの話ですか?

★もっぴん氏:
そうですね。

★安藤氏:
そうだよね。日本だと、それどこの秋葉原って感じですもんね。
でも、その二本なんだ!

★もっぴん氏:
そうなんですよ。
そこから「なんじゃこれ~」って感じになって、どっぷりのめりこみました。
そのうちMODなどもダウンロードしてインストールして楽しむようになって。

★安藤氏:
PCゲームですよね?
PCは自宅にあったんですか?

★もっぴん氏:
母親が使っていたVAIOが家にあって、それで動きました。

★安藤氏:
そうなんだ。『ハーフライフ』が初めて日本で紹介された時は、ゲームの内容もさることながら、「これ動くの?」「こんなところまで細密にやる必要があるの」ってイメージが先行したんですよ。
専用3Dチップが載ったボードが各社から発売されたり、いわゆるゲーミングPCも発売され始めたころでもあるんです。
なので、VAIOで動いたのは驚きでした。

★もっぴん氏:
解像度も低くて、シェーダーもしょぼかったんですが、それでも普通に遊べましたね。

★安藤氏:
でも、その二本はさっきも言ったように、いまヒットしているゲームの源流みたいな感じだから、まさに運命的な出会いですね。

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▲もっぴん氏

子どもの頃のインプットが今になって生きている

★もっぴん氏:
そういえば誕生日プレゼントに、MODチップがついたプレイステーション2を買ってもらったこともありました。
そのころ近所のビデオレンタル店でゲームレンタルもしていたんです。
MODチップがついていれば、ゲームをレンタルしてきてDVDにコピーすれば、ずっと遊べるので。
それでよく遊んでいました。

★安藤氏:
それってニュージーランドの周りでは一般的だったんですか?

★もっぴん氏:
まったく一般的じゃなかったですね。
でもネットオークションでは当時、MODチップつきの改造PS2が良く売られていました。

★安藤氏:
お母さんはどういう方なんですか? 

★もっぴん氏:
普通の母親ですよ。
ゲームのことは全然知りませんが、「よくわからないけど買ってあげるよ」って。
ちなみに、その頃のことはすごく後悔していて、今では違法コピーやダウンロードは一切やっていません。

★安藤氏:
僕ももっぴんさんと同じくらいの時は、パソコンゲームで同じことをやっていたからね。
1990年前後の日本って、PC-9801とPC-8801シリーズが国内シェアの約8割を占めていたんです。
1台のPCにフロッピーディスクドライブが2基ついていて、1回プロテクトを回避するプログラムを読み込ませれば、あとはマスターディスクとブランクディスクを挿入するだけで、商業ゲームでも勝手にコピーできたんですよ。
その前はゲーム自体がカセットテープで売られていたから、Wデッキのラジカセでダビングするだけ。

★もっぴん氏:
コピープロテクトはなかったんですか?

★安藤氏:
カセットテープの頃はなかったですね。
プログラムが音声データになって録音されていただけだから。
でもメディアがフロッピーディスクになってからは、各社でコピープロテクトがかけられるようになりました。
その一方でプロテクトを解除するプログラムも一杯でてきて。「影武者」とか「アインシュタイン」とか。僕は「Wizard」を使っていたかな。

★もっぴん氏:
名前がすごいですね。

★安藤氏:
とにかく、当時はPCゲームのレンタルショップが日本全国にあったんですよ。
建前としてはゲームをレンタルして、期間内にクリアして返却するというサービスだけど、一緒にプロテクトを回避するプログラムとブランクディスクも売られていたという。

★もっぴん氏:
マジっすか。

★安藤氏:
余談ですがネットワークゲームでオンライン上のハッキングを防止する専用のプログラムがあるんです。
その開発をしている会社の中に、そうしたプロテクトを外すプログラムを開発・販売しいてた人たちがいるんですよ。
プロテクトを外す側から守る側に変わったわけですよね。
打ち合わせをしている時に、ぽろっとそういう話が出てきてビックリしたこともあります。

★もっぴん氏:
おもしろいですね。

★安藤氏:
これって時効はあるのかな?
でも当時は比較的みんなやっていたし、ゲームソフトも高価だったんですよ。
子どものお小遣いだと全然遊べないから、買えるものは買って、買えないものは人から借りたり、レンタルしてコピーしたりということは比較的一般的で。
そういうことが可能だったハードはPCだけだったんですよね。
家庭用ゲーム機でも可能だったかもしれないけれど、とても簡単にできる環境ではなかったし。
でもPCだと、ある程度のリテラシーがあればできた。それで、ものすごい数のゲームを遊んだのが、今になって生きていると思いますね。

★もっぴん氏:
僕もすごく生きています。

★安藤氏:
ですよね。子どもの時ってインプットが大事じゃないですか。その体験がクリエイターになった時、アウトプットとして生きてくる。
だから、うまいことまとめると、当時はコピーして遊んでいてすみません。
プロになって一生懸命、ゲームを作って業界に恩返ししているから許してくださいという感じです。虫のいいことを言うとね。
でも、ちょっと俯瞰すると、そういった体験があったことが今に良かったんだと、話をしながら鮮明に思い出しました。

『メトロイド』ではなく、『スーパーメトロイド』が心のソフト

★安藤氏:
話を戻すと、PS2のゲームをいっぱい遊んだと。
その中で印象的だったゲームはありますか?

★もっぴん氏:
PS2ではありませんが、物ごころついたころから、家にスーパーファミコンがあったんですよ。
それで『スーパーメトロイド』をめっちゃやってました。

★安藤氏:
『スーパーメトロイド』は海外ではエピックの一つなんですよね。
XBLAでも『スーパーメトロイド』に影響を受けた『Shadow Complex』というゲームがあったじゃないですか。

★もっぴん氏:
『Shadow Complex』はめっちゃ好きなゲームの一つです。

★安藤氏:
あれはスゴく良くできていて、プロのクリエイターでも、あのクオリティって難しいと思うし、ああいったゲームがインディから出てくれば、そりゃ盛り上がるなと思います。
クリエイターもインタビュー記事で『スーパーメトロイド』の影響がハンパないって確か言っていましたよね。海外の人にとってすごく重要なタイトルだと思うんですが、その時はまだ日本にいたんですか?

★もっぴん氏:
そうですね。

★安藤氏:
それも縁が深いですね。
スーパーファミコンで『スーパーメトロイド』をすごく遊んでいたって、まるで海外の少年の話を聞いているみたい。

★もっぴん氏:
マジですか!?

★安藤氏:
どちらかというと日本では初代『メトロイド』の方がエピックだったんですよ。
ファミコンディスクシステムのゲームで、500円でゲームが書き換えができて、どんどんいろいろなソフトが出てきて、そういう良いタイミングで出たゲームの一つなので。
『スーパーメトロイド』も人気でしたが、初代に比べるとマニアックというか、あのゲームがエピックだったという人は少ないでしょうね。でも良いゲームに出会っていますね。すごくおもしろいゲームだし。

★もっぴん氏:
最初のゲーム機がスーパーファミコンで、僕が買ってと言ったわけじゃないんですが。
保育園だったかな。なぜか親が買ったんですよ。

★安藤氏:
繰り返しますが、ご両親はゲーマーじゃなくて?

★もっぴん氏:
本当に普通の両親ですよ。

★安藤氏:
それにしてはさっきから、いろんなものの目利きがスゴいですね。運命的だとさえ思います。
なぜか自宅にスーパーファミコンがあって、『スーパーメトロイド』があって、改造PS2があって、『ハーフライフ2』が動くVAIOがあって。
結果的にゲームの英才教育みたいな感じになっているところがおもしろいですね。

ゲーム音楽の作曲家になりたくて帰国

★もっぴん氏:
他に『ハーフライフ2』のMODで『Garry'sMod』にハマったのが大きかったですね。
キャラクターモデルを自由にポーズづけできたり、箱などを積み上げられたり。わりと作りたい物を作れる、サンドボックス的なMODだったんです。
そのコミュニティがかなり大きくて、ネットで入り浸っていました。

★安藤氏:
そのころ学校の友達でハマった人はいましたか?

★もっぴん氏:
いや、全然いなかったですね。

★安藤氏:
じゃあ、もっぴんさんだけが一人でMODをいじったりとか。

★もっぴん氏:
そうですね。学校の奴らとPS2ではよく遊んでいましたが、PCゲームやMODを遊んでいる人はいなかったですね。

★安藤氏:
そこも今っぽいですね。
学校で一人も友達がいなかったら、僕らの時代は文字通り一人だったんですよ。
なんとか専門誌で情報を集るくらいで。フィジカルなコンタクトがないとコミュニティが広がらない。
だから意地でもクラスメイトを一人、宗教のように勧誘してくるとか。あとは探していくと、学年の中で一人くらいはいたので、一緒にコミュニティを作っていったり。
でも、もっぴんさんの時代はゲームに熱狂している人が世界中にたくさんいて、いろんなアイディアが出て、MODも出て創作活動もできる、みたいな感じになっていたのは特徴的ですね。

★もっぴん氏:
ただ音楽高校に進学したんですよ。
そのころから周りはバッハ、モーツァルトの話をする奴ばっかりになったんです。
でも僕は『Braid』の話がしたかったんですよ。でも、そんなのに興味がある奴は全然いないし。
無理してバッハの話とかしてたけど、つまんねーなーと。
マジ高校きつかったなあ。ホントに一人もいなかったんですよ。

★安藤氏:
音楽高校に行ったということは、子どもの頃からピアノとかやったんですか?

★もっぴん氏:
いや、やってないです。
そこから話さないとわからないですよね。
実はゲーム音楽がめっちゃ好きだったんですよ。スーパーファミコンの『星のカービィ スーパーデラックス』のサントラがスゴく好きで、今でも一番好きくらいなんですが、それを聞いた時・・・当時13歳か14歳だったんですが、めっちゃ感動したんです。
「これ作ったの誰や」ってネットで検索したくらいで。
石川淳さんという方なんですが、作曲家を検索したのなんて、それが初めてでしたよ。

★安藤氏:
なるほどね。

★もっぴん氏:
自分も音楽が作れるようになりたいと、そこで思ったんです。
当時ニュージーランドにいたんですが、オヤジは日本にいたので、国際電話で近況報告ついでに「音楽をやりたい」といったら、地元の香川県にちょうど音楽科のある高校があると教えてくれて。
それがきっかけで帰国したんです。

(次回に続く)

■もっぴん 関連リンク
▽『Downwell』公式サイト
http://www.downwellgame.com/

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