Last Update:2006/02/13
週に1回ゲームクリエイターにお話を聞いて、お友達まで紹介してもらっちゃうスペシャル企画だ!
>>第216回
工画堂スタジオ
阿部和広さん

 今回のクリエイターズファイルには、工画堂スタジオの阿部和広さんをゲストにお迎えしています。工画堂スタジオにゲーム開発部が出来た当初から数々の作品の開発携わられてきた阿部さんですが、もともとは外部のイラストレーターとして活動されていたそうです。どのようなきっかけで、開発も担当されることになったのでしょうか? それでは、早速お話をお伺いしていきましょう。

(C)2005 KOGADO STUDIO,INC.


最初に、これまでの職歴、現在携わっているお仕事を教えてください。また、阿部さんがゲーム業界で働く決心をしたのはいつ頃、どんなことがきっかけでしたか? その時のエピソードなどと合わせてお聞かせ下さい。

  阿部氏:
 工画堂スタジオにソフトウェア開発部が出来た黎明期から、作品に関わってきました。なので古くは『EMMYII』『コズミックソルジャー』『覇邪の封印』から『シュヴァルツシルト』『パワードール』『シークエンス・パラディウム』、そして近年の『RASETSU~羅刹』『ブルーフロウ』に至るまでほとんどの工画堂スタジオ作品に関係しています。「工画堂スタジオのゲームの歴史はオレの歴史だ!」とまでは言いませんが、それに近いものはあります。現在開発中の新作は、もう間もなく公表できると思いますので、お楽しみに!

 本当は絵師になりたくてシコシコと絵を描いていたんです。ちらほらと描いた絵がお金になり始めた頃に、友人に紹介されたのが工画堂スタジオでした。なので、最初はフリーの絵描きとして、工画堂スタジオでPCゲーム、ゲームウオッチ用のイラストなどを描いていました。普段は自宅で作業をしていたのですが、CG(当時は「ドット作業」と呼んでいましたが)を使った作品を作る時は、会社に来てCGツールを使ってやっていました。このCGツールは自社開発のものでしたので、自分で使いやすいように改造したりしているうちにプログラムを覚えていき、その後、ゲーム中のメッセージも書くようになり…と、次第にイラストだけではなく携わっていくことになりました。まあ、ソフトウェア部門は当時2、3人しかいなかったし、1人で何でもやらないとソフト開発なんかできない時代でもありましたね。
  そもそも、個人的に8ミリ映画の製作をしたり、漫画を描いたりしていましたから、映像とストーリー、音楽などが融合した表現媒体にはもともと興味がありました。さらに、これに「インタラクティブ性」が加わった表現手法として、ゲーム制作に夢中になった記憶があります。そういう意味では、ごく自然ななりゆきとでも言いましょうか。幸い、「社員にならないか」と声もかけてもらい、どっぷりとこっちの道を歩き始めることができました。

 


前回ご登場いただいた、谷さんとのお付き合いの中で、面白いエピソードなどがありましたらお聞かせ下さい。


阿部氏:
 昔は…と言いますか、本当は今もそうなんですが、「立体的な」コンテンツを提供したいと思っているんです。例えば、『覇邪の封印』ではマップとフィギュアが付いていました。これでゲームの世界観を感じてもらい、マップそのものが謎解きに役立つ…といったものです。その流れで、「古文書を読み解きながら」進めるゲームを作ろうと開発を始めたゲームがあります。『アルギースの翼』と言うRPGで、パッケージに古文書を入れました。
  この頃は丁度、谷が営業でバリバリと動いていた時期で「オレがゲームを作るからお前が売れ」みたいな勢いで作りました。谷がエディトリアル・デザインを担当したのですが、書籍関係のデザイン畑出身だったこともあり、どうしたら古文書みたいな風合いを印刷で出せるかを、あーでもない、こーでもないと、試行錯誤してもらいました。商業的にはあまり成功はしませんでしたが、私にとっては大変思い出深い作品です。


これまで阿部さんが携わってきた作品の中で、特に思い入れが深い作品をいくつか挙げてください。また、自分がプレイしたことのあるゲームの中で、「名作」と呼ぶべきゲーム作品を1タイトル挙げるとすれば何ですか?

  阿部氏:
 思い入れが深い作品ですか? これは難しい質問ですねー。もう、どれも思い入れが深くて、絞るのが大変です。あえて言うなら、まず初の工画堂ブランドとしての作品となった『コズミックソルジャー』です。もともと工画堂スタジオはデザイン会社だった事もあり、ゲームでも精緻なグラフィックを目指していました。この作品でも、3D迷路をラインとベタで表現するのではなく、ちゃんとしたドット絵の壁で構成したい、という思いで制作を開始したんです。だけど、それを描画するにはマシンパワーが足りず、その結果、3D迷路の表示部分がとっても小さくなってしまいました。当時出したそのジャッジは正しかったとは思いますが、今考えてみると、それにしても小さかったなー…と思いますね。
  もうひとつは『シュヴァルツシルト』。チーム名を冠する体制になった初めての作品ですので。ちなみに、『シュヴァルツシルト』を手がけた「ねこさんちーむ」のシンボルとなったのは、当時のウチの愛猫です。懐かしいですね。

 名作と言えば『グラディウス』!
  シューティングに初めて戦略的な要素を持たせた作品だと思います。もう一段階スピードを上げるのか、先にミサイル取るのか、オプション・フルが先かフォース・フィールドが先か…。その自分が立てた戦略によって、戦術が大きく変わるところに大変魅了されました。毎日、会社近くのゲームセンターに寄ってから出社してましたね。ウチの社員がハイスコアに載っているのを見ると、負けじと塗り替えたりして。
  余談ですが『スーパーシュヴァルツシルト』を作っていた頃、PCエンジン版のシューティングを作ろうと画策した事があります。美人パイロットが戦闘機に搭乗して戦うシューティングで、パイロットを何人かの中から選べるんです。キャラクタ性を持ったシューティングって面白いんじゃないかと思っていました。残念ながら陽の目を見ることはありませんでしたが、思えばこれが『パワードール』の原型となったアイディアだったかもしれません。

 


「こんなゲームをつくりたい」「こんなゲームで遊んでみたい」など、今後のゲーム・エンタテイメント業界におけるご自身の展望や、業界全体への希望などをお聞かせ下さい。

  阿部氏:
 私にとってゲームは、表現手法のひとつなんです。この表現手法は実に多様で、作り方ひとつでいろんな姿になります。まだまだゲームで表現したい事はたくさんあります。新しいモノを創りたいですし、昔の作品の続編も創りたいですね。どの作品も「その世界の一定の時空間」を切り出したものです。その時空間の周囲には無限の時空間が広がっているんです。もう、考えただけでやりたい事が多すぎて、一体どこまで出来るんだろう…という感じです。
  あと、音楽にも挑戦してみたいですね。ゲームの大きな要素と言うと、絵、お話、システム、音楽が挙げられると思います。実はこの中で音楽だけ、まだ自分の作品が製品になった事がないんです。中学時代から曲は作って、バンドなんかで演っていたんですが、この業界に入ってからは趣味でライブをやるぐらいで、ちゃんとゲームで使用できるような音楽を作ったことはないんです。ずっとやりたいなーとは思っていたのですが、なかなか…。いずれ音楽を作って作品に使用したいな…と思っています。
 


最後に、今後ゲーム業界を目指している読者へ向けて、作品作りにおいて一番大切だと思うこと、作品を世に送り出すにあたって心がけていることをお聞かせ下さい。


  阿部氏:
 作品に対する愛情が全てだと思っています。それは子供に対する愛情にも似ているかもしれません。昔のゲームならまだしも、現在はひとりでゲームを製品として作る事は、ほぼ不可能に近いかと思います。多くのスタッフの共同作業になりますからね。その結果、出来上がった作品が、自分が望む姿から少し外れる事もあるかもしれません。国語、数学、英語が得意な子供になって欲しいと思っていても、絵がうまいだけの子供になってしまう場合もあるでしょう。それでも、その子供を愛して、その子供を活かしてやるような愛情を持って、作品に接し、作品を作り、育んで行く事が大切だと思っています。私は全ての作品が大好きです。
 


愛情を持って作品に接することが何よりも大切だとおっしゃる阿部さん。きっと、阿部さんが手がけてこられた作品のひとつひとつが、阿部さんの愛おしい子供たちなのでしょう。これからも、素晴らしい作品を期待しています。まだまだお話をお伺いしたいところですが今回はここまでです。それでは、次回のお友達を紹介していただきましょう。


  阿部氏:
 システムソフト・アルファーの宮迫靖さんを紹介します。工画堂スタジオは『シュヴァルツシルト』からシミュレーションゲームを作り始め、一定の評価を頂くようになりましたが、やはり戦略シミュレーションの雄と言えば『大戦略』シリーズ! 常に先達として、ライバルとして、戦友として『大戦略』がありました。工画堂スタジオが生産系の戦略シミュレーションを作らないのは勝てないから…、いやいや、そのうちつっかかって行きますから、その時は胸を貸してください。
 

『大戦略』シリーズを初め、『ティル・ナ・ノーグ』『天下統一』など様々な作品を発表してこられたシステムソフト・アルファーの宮迫さん。一体どのようなお話をお伺いでいきるのでしょうか?次回もお楽しみに。それでは阿部さん、今回は本当にありがとうございました。