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Last Update:2005/11/16
週に1回ゲームクリエイターにお話を聞いて、お友達まで紹介してもらっちゃうスペシャル企画だ!
>>第205回
クリーチャーズ
松岡洋史さん
今回のクリエイターズファイルは、ゲストに『メイドインワリオ』の生みの親、松岡洋史さんをお迎えしてお送りします。普段の生活からアイディアが生まれることが多いという松岡さん。様々なミニゲームを収録した『メイドインワリオ』でも、松岡さん自身の行動から生み出されたゲームがいくつも収録されているそうですよ。それでは、早速お話をお伺いしていきましょう。

(c)2003 Nintendo


最初に松岡さんのこれまでの職歴、現在携わっているお仕事を教えてください。

  松岡氏:
 京都の美術大学を卒業後、任天堂にグラフィックデザイナーとして入社しました。
 任天堂では、ディスクシステム『メトロイド』、FC『ファミコンウォーズ』、GB『スーパーマリオランド』、GB『ゲームボーイウォーズ』、SFC『マリオペイント』などのデザインに携わり、ディレクターとして64DD『マリオアーティスト』シリーズ、GBA『ワリオランドアドバンス』を手がけ、GBA『メイドインワリオ』を最後に任天堂を退社しました。

 20年近く同じ道を歩いてきて、『メイドインワリオ』の作成中に、たまたまY字路に立ち左の道を選択したといいますか、2003年にクリーチャーズに入社し、当時制作途中であったGBA『のののパズル ちゃいリアン』のアドバイザーを担当しました。
 新作についてですが、クリーチャーズは来年10周年を迎え、さらなるパワーアップを目指しています。現在、NDSにレボリューション、携帯ゲームと制作進行中ですので、どうぞご期待下さい。

 


前回ご登場いただいた、成広さんとのお付き合いの中で、面白いエピソードなどがありましたらお聞かせ下さい。


松岡氏:
 成広さんとのお付き合いは長く、最初一緒に仕事をしたのは『メトロイド』です。この時、成広さんはまだ学生でアルバイトとして参加されていました。
 私自身も入社して1年目で、まったく経験もなく、手探り状態でゲームを作っていました。追い込みの次期には徹夜の連続で、みんなで夜中に屋台のラーメンを食べに行ったり、二段ベッドで一緒に寝たりと、共に苦しんだり喜んだりしたことを思い出します。


これまで、自分の仕事に影響を与えた映像、文学、音楽作品などはありますでしょうか。また、それは松岡さんにどんな影響を与えてくれましたか? また、アイディアが浮かぶ瞬間はどんなときが多いのでしょうか? 教えてください。

  松岡氏:
 私はちょうど万博世代でして、あの時のパワーやエネルギー感は今でも目に焼き付き思い出されます。そして、今でも大阪万博公園に当時から立ち続けている太陽の塔を作った岡本太郎さんには影響を受けています。彼の生き方や言葉、作品に受けた影響は非常に大きいです。
 そのほかにも、多くの人の影響を受けてました。色の好みでは横尾忠則さん、シンプルで大胆なイメージは、イサム ノグチさん、土門拳さん、安藤忠雄さんです。
映像的な部分では、黒澤明さんです。特に初期の作品「隠し砦の三悪人」「蜘蛛巣城」「用心棒」「生きる」が好きです。そのほか、山田洋二さんの「男はつらいよシリーズ」での日本の風景や心情、北野武さんの独特な映像感、S.スピルバーグの「激突」などに影響を受けましたね。

 今までの経験から言うと、自分の生活や趣味、人と話をしている時などからアイディアは出てくることが多いと思います。散歩の途中や週に一度は行っている水泳の時などが多いですね。
『メイドインワリオ』でいうと、トイレに座っている時に思いついたのが「ウォシュレット」ネタ、鼻をほじくってる時に「鼻に指を突っ込む」ネタを思いつきました。そのまんまなのですが、普段みんなが何気なくやっているような「あるある、やってるやってる」といった誰もが持っている共通感をぎりぎりの所で小奇麗に見せるように表現することが好きです。

 


これまで松岡さんが携わってきた作品の中で、特に思い入れが深い作品を教えてください。また、自分がプレイしたことのあるゲームの中で、「名作」と呼ぶべきゲーム作品を1タイトル挙げるとすれば何ですか?

  松岡氏:
 思い出深い作品は、64DD『マリオアーティスト』シリーズです。
 『マリオペイント』の後継的ソフトですが、いろいろな事情が重なって5年もの制作期間がかかったことが忘れられません。製作場所がなくなり、最後にはチーム全員でモーションキャプチャールームに机を入れて仕事していました。
 それとやはり『メイドインワリオ』です。このソフトは64DD開発時にミニゲームとしてすでにあったものを1本のソフトにまとめあげた作品です。
 制作時は、今まで作ってきた中で一番楽しくのびのびと作ることができました。ステーキを切るゲームのためにみんなでステーキを食べに行ってその場で撮影したり、トイレの便座を撮影するために休日に社内のトイレで脚立に上がって上から撮影したり…。みんなとても楽しんで作っていたことが結果に結び付いたと思っています。

 名作として挙げるのは業務用テーブルタイプで初期の白黒画面の『スペースインベーダー』です。
 まったくゲームなどしなかった浪人時代にはじめて遊んだゲームです。「なんだこれは!」と驚いたその時の映像が今でも強烈に印象に残っているゲームです。

 


「こんなゲームをつくりたい」「こんなゲームで遊んでみたい」など、今後のゲーム・エンタテイメント業界におけるご自身の展望や、業界全体への希望などをお聞かせ下さい。そして最後に、今後ゲーム業界を目指している読者へ向けて、作品作りにおいて一番大切だと思うこと、作品を世に送り出すにあたって心がけていることをお聞かせ下さい。

  松岡氏:
 基本的には「平和」なゲームを作りたいと思っています。
ゲームという枠にとらわれずに、瞬間でも「やさしい気持ちになれるもの」「みんなで笑えるもの」「リラックスできるもの」「共感できるもの」など、心理に訴えかける内容の遊びを作りたいです。
個人的に興味を持っているのは何故か中国です。
中国には20年ほど前に一人で一ヶ月ほど旅したことがあるのですが、それ以来行っていないので今後定期的に行きたいと思っています。太極拳や気功にも興味があり是非やってみたいと思います。

 一番大切なことは、ゲームは一人で作るのではなくチームで作るということです。
みんなで一つの目標に向かって、楽しみながら、そして時には苦しみながら協力して作ることが一番重要だと思っています。チームプレーという意味ではスポーツと同じですね。
 また人と同じものを作らない、自分なりの個性やこだわりを常に持って作品の中に注入し、今までにない新しいものをユーザーのために作るという意思を持つことです。
 ゲームは芸術です。ゲームに限ったことではありませんが、名作と言われるものは人に感動を与え、時には人生を良くも悪くも左右させてしまう力があります。ですから我々作り手側としては、作品のメッセージに責任を持ち、子供からお年寄りまですべてのユーザーに対して納得してもらえるような作品作りを心がけるべきだと思っています。

 


ゲームは人の人生に影響を与えるパワーを持つ芸術だとおっしゃる松岡さん。ターゲットを決めて作品を送り出すのではなく、全てのユーザーに受け入れてもらえる作品こそ、初めて名作と呼ばれるのでしょう。まだまだたくさんのお話をお伺いしたいところですが今回はここまでです。それでは、次回のお友達を紹介していただきましょう。

  松岡氏:
 任天堂の竹内高さんを紹介します。『メイドインワリオ』のデザイナーです。武田鉄矢のモノマネが上手で、いつもニコニコ顔で明るく、ムードメーカー的存在です。趣味で油絵を描いていて2005年12月には京都で個展をするそうです。
 

『メイドインワリオ』ではキャラクタデザインを務められた竹内さん。一体、どのようなお話をお伺いできるのでしょうか? 次回もお楽しみに。それでは松岡さん、今回は本当にありがとうございました。