Last Update:2003/03/24
週に1回ゲームクリエイターにお話を聞いて、お友達まで紹介してもらっちゃうスペシャル企画だ!
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>>第107回
カプコン 第四開発部
神谷 英樹さん
今回のクリエイターズ・トークは、カプコンで『バイオハザード』『デビル メイ クライ』などの制作に携わった、神谷英樹さん。ゲームの話はもちろん、過去の意外なエピソードやご趣味(?)まで…それはもう沢山のお話が飛び出しましたよ!
前回ご登場いただいた藤林秀麿さんとは会社の同僚ということですね。神谷さんはカプコンでどのような作品を制作されたのでしょうか?
神谷氏
:
藤林は1コ下の後輩にあたります。一緒に仕事をした事は無いのですが、入社してくる前からウワサが流れてましたね。何やら家がスゲー金持ちとかで…だって名前が「ヒデマロ」ですよ!? 「小遣いを月500万貰ってた」「サンマ・トンカツなんぞ食った事が無い」ってのは、ホントなの藤林?
僕は1994年、カプコンに新卒で入社しました。新人研修を経た後、プレイステーション用ソフト『バイオハザード』に企画マンとして参加、ディレクターだった三上さんの下で修行しました(今も修行中ですが…)。ディレクターとしては『バイオハザード2』がデビュー作、続いて『デビル メイ クライ』を製作しました。僕はもともとホラーが大嫌いで、ゾンビ映画なんか見た事も無い臆病者だったのですが…でも『バイオ』という作品に携わったおかげで、多くの事を学ぶ事が出来ました。
現在はゲームキューブ用ソフト『ビューティフル ジョー』で、ビューティフルにディレクターを務めています。念願だった"血の出ない"ゲームをやっと作る事が出来て(?)、楽しく仕事中です。
そんなビューティフルなディレクター(笑)神谷さんですが、ゲーム業界に入ろうと思ったのは、どんなことがきっかけだったんですか?
神谷氏
:
具体的にこんな出来事、というのは無いのですが、やはり子供の頃からゲームが好きでした。何というか、「ピコピコ」と表されるコンピューター音や、ガクガクのドット絵に格別のコーフンを覚え、のめり込んでいました。小学生の時は友達の家に入り浸ってカセットビジョンで遊んだり、中学生の時は50円玉握って、駅前のゲーセンまでたった1回の『グラディウス』をやりに行ったり、高校の合格発表前日にゲーセンで『アルカノイド』全面クリアを達成、翌日不合格が確定して友達に「…いいじゃん、昨日アルカノイドクリアしたんだから」と慰められたり。ファミコンのアダプタを親に隠され、学校の職員室からラジカセ用アダプタを拝借(笑)してきたりもしましたね。結局電圧が違って使えなかったんですけど。まあそんなカンジでフツーのゲーム少年でしたよ。だからゲーム業界を目指すのは自然な流れだったのではないでしょうか。
あ、僕の小学校の文集には「オレはぜってーナムコに入る」などというサムい事が書いてあります。中学の文集にも、将来の夢に「ナムコに入ってゲームを作る」としつこくアピール。入れませんでしたが(笑)。
なるほど…もしナムコさんに入社されていたら、どんなゲームを作られていたんでしょう?それもちょっと興味がありますね。では、これまでに神谷さんの人生を変えたような、「転機」と呼ぶべき出来事はありましたか?
神谷氏
:
そうですね…最大の転機は、「高校入試失敗」です。僕、中学の時は勉強が大キライで、それはもう目も当てられない成績でした。高校入試直前になって友達に「be動詞って何?」と質問し、彼の顔が見る見る青ざめたり。そんな僕が浪人して予備校に通うようになってからは、なぜか授業が楽しくなって。相変わらず家では勉強しない、学校帰りはゲーセン、というような生活でしたが、分からない事は全て授業中に質問して解決。中学3年間の遅れを、その1年でキッチリ取り戻しました。頑張ればたった1年でも習得できるもんなんですね、中学の勉強内容って。
それにしても…さすがに16歳にして浪人というのは、いささかキツいものがあり、神谷家にとっても暗黒の1年間だったんですが(笑)、いま振りかえってみると、僕にとって無くてはならない1年だったと思います。もし高校に一発合格してしまっていたら、全く別の人生になっていたでしょうね。
高校時代、クラスの担任になった先生が僕に非常に良く目をかけて下さって、ここでまた僕の人生は大きく変わりました。先生は「進学していろいろな世界を見ろ」と必死で説いて下さって…「なんでこのヒトはそんなに俺を大学へ行かせたがるんだ?」って不思議に思っていましたが(笑)。結果的にいろいろな世界を見る事が出来、今になって先生の仰っていた事を実感しています。人生で一番大切な時期に、恩師と呼べる先生と出会う事が出来たのは、僕の人生最大の"奇跡"です。細川恒先生、本当に有難うございました!
素敵な先生ですね!確かに、傍目にはいい過去ではありませんが…苦学を乗り越えてこそ今の神谷さんがある、というわけですね。では、質問を変えまして。神谷さんにとって心の名作ゲームを1本選ぶとすればどの作品ですか?
神谷氏
:
一つだけ!?…そんなの絶対ムリです(笑)。心に残ったものに、優劣なんてないですからね。『グラディウス』『スペースハリアー』『ファンタジーゾーン』『スターフォックス』『メトロイド』『悪魔城ドラキュラ』『ソーサリアン』『スナッチャー』…古いのばっかりですね。最近ゲームやってないんで…。でもまだまだイッパイありますよ!
まぁ、最近また始めたってことで、『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』について触れましょうか。今GBA版を遊んでるんですけど、オリジナルが発売されたのは、僕が大学生の時ですね。ホントにやり込みましたよ、このゲーム。「必要アイテム以外入手しないクリア」とか「ノーセーブクリア」とか、色々試して7、8回くらいクリアしましたかね。半日かけてノーセーブクリアした時には、なんにも御褒美が無くて、放心状態になりましたけど(笑)。このおかげでバイオのオマケ(早解きでロケットランチャー入手可能)を思い付いたんですよね。アレも最初は「2時間以内&ノーセーブクリア」が取得条件だったんですけど、三上さんに「難し過ぎる」って言われ、条件を易しくしたっけ…。
あれ、話逸れました? 「理由」を聞かれているのに、ゼンゼン理由を述べてないですよね。…まぁ理由もクソもないでしょう。やれば分かる!
皆さん苦渋を飲んで1本選んでいただいてるんですが…こんなに沢山の作品を挙げた方は初めてですよ。ずるいです(笑)。では、神谷さんがゲーム制作で一番大切にしているのはどんなことですか?
神谷氏
:
僕はやっぱり、自分が今までにゲームを楽しんできたのと同じ思いを、皆さんにも味わって欲しいと思っています。
今回の話の中で名前の挙がったゲーム以外にも、語り始めたら止まらない作品がいっぱいあります。どのゲームも、感動のエンディングに辿り着くまでの道のりは、それは困難なものでしたが決して諦めなかった…いや、諦められなかったのは、心を捕らえて離さない強烈な魅力があったからなんです。その魅力とは何なのか、言葉で表現するのは難しいですが、それは奇跡でも何でもなく、作り手が手間暇を惜しまず愛情を注ぎ込むことで生まれた、「魂」のようなものだと思います。
僕はしばしば「好き勝手やるディレクター」と表されるのですが、単なる自己満足のために"好き勝手"やってるワケでは断じてありません。ゲームを遊んでくれるユーザーの笑う顔、驚く顔、喜ぶ顔を想像しながら、もっと驚かすため、もっと喜んでもらうために、自分の信じる道を突き進んでいるだけです。
僕が感動を受けたたくさんの作品がそうであったように、自分の作るゲームもまた「魂」の溢れる作品にして、ユーザーの皆さんの手元に届けたい…そんな思いを、一番大切にしています。
きっとその心意気は、ユーザーにもちゃんと伝わっていると思いますよ。もっとお話をお伺いしたいのですが、残念ながら時間となってしまいました。それでは、次のお友達を紹介していただけますか?
神谷氏
:
『ディノクライシス2』『逆転裁判』シリーズのデイレクターで、僕と同期入社の巧 舟(たくみ しゅう)をご紹介します。楽しい話も、きっとたくさんあると思いますよ。今後はあれですね、オセロの松嶋尚美とデートするのに挑戦ですね!この目的を達成するのに、取り合えず何をすればいいのかゼンゼン分からないんですが(笑)。
これはまた意外な一面(?)を垣間見てしまいました!次回は一体どんなお話が飛び出すんでしょうね…楽しみです!(笑) 今回はどうもありがとうございました!